歴史用語についての基礎知識① 天皇の名前について
代表の袖山です。
社会の入試問題は年々覚えれば点数の取れる問題が減ってきており、思考を問う問題の割合が増えております。
やはり、学問の王道はその分野に興味・関心を持ち、主体的に知識を学び取ろうとする姿勢だと思います。少しでも歴史に興味を持ってもらえるようなコラムを不定期で連載していこうと思います。
例えば、天皇の名前。
天皇の名前はどうやって決められているのか?
平安時代以降ですが、実は生前から名乗っているのではなく、亡くなった後に名前を贈るのです。
こういう名前を諡(おくりな)と言います。
それ以前はずっと名前を付けていなくて、奈良時代までの天皇の名前は後でまとめてつけられました。
そもそも現役で生きている天皇は1人しかいませんので、名前をつけて区別する必要がないですし(天皇の位を譲ったら上皇、出家したら法王ですし)、高貴な人の名前を直接呼ぶことは非常に良くないことだという慣習もあります。
亡くなった後には、他の歴代天皇と区別するために、学者達が話し合って決めるのですが、例外もあります。
「後醍醐天皇」は天皇本人が亡くなる直前に私の諡は「後醍醐」にせよ、と遺言したそうです。
「醍醐天皇」は歴史的には名君として評価されることが多いのですが、自分はその次に続きたいをいう気持ちがあったんでしょうね。結果としてはとんでもない戦乱の時代を引き起こしてしまいましたが。
それと、あまりいい死に方をしていない天皇には「徳」とか良い漢字を使うことが多いです。
壇ノ浦の戦いで幼くして平家と一緒に海に投身した「安徳天皇」とか、保元の乱で負けて隠岐に流された「崇徳天皇」とか。聖徳太子も諡なので、ひょっとしたら暗殺されたのかもしれない?という説もありますし、子孫は蘇我家に滅ぼされていますしね。
「武」がつく天皇は大きな戦に勝ったり、なにか大きいことを成し遂げた場合に付けられることが多いですね。
「天武天皇」・・・壬申の乱に勝利
「聖武天皇」・・・東大寺に大仏建立
「桓武天皇」・・・平安京遷都
現在は1人の天皇に一つの元号しか使わないことになっていて、亡くなった後はその元号を諡として使われます。「明治天皇」「大正天皇」「昭和天皇」などです。
だからご健在の時に、「元号+天皇」とは呼んではいけなくて、「今上(きんじょう)天皇」と呼びます。今現在上におわす、ということですね。
ただ言葉を丸暗記するのでは味気ないですし、何よりも記憶に残りにくいものです。
言葉の背景を知れば、記憶に残りやすくなります。
この連載が少しでもお役に立てればと思いつつ、今後も書いていきます。